山口県防府市で毎年11月の第4土曜日に開催される「防府天満宮御神幸祭」。

地元では「裸坊祭」の愛称で親しまれ、国の選択無形民俗文化財にも指定されている由緒あるお祭りです。

約5,000人の男たちが白装束をまとい、「兄弟わっしょい!」の掛け声を響かせながら市内を練り歩く姿は圧巻。

特に、重さ約500kgの御網代輿を担いで疾走する様は、見る者を圧倒する迫力に満ちています。

今回は、この熱気あふれるお祭りの魅力を、歴史や見どころ、基本情報、そしてよくある質問を交えて詳しくご紹介します。

千年の歴史を紡ぐ「無実の知らせ」を伝える祭り

防府天満宮御神幸祭は、学問の神様として知られる菅原道真公の御神霊を慰め、その無実の罪を伝えるために行われるお祭りです。

その起源は、平安時代中期にまで遡ります。

当時、学者・政治家として朝廷で活躍していた菅原道真公は、藤原氏の陰謀により無実の罪を着せられ、大宰府へ左遷されてしまいます。

道真公は失意のうちに太宰府で亡くなり、その後、各地で天変地異が起こり始めました。

人々はこれを道真公の祟りだと恐れ、その御神霊を鎮めるために、993年(正暦4年)に北野天満宮(京都)が創建されました。

一方、道真公が太宰府へ左遷される途中、防府に立ち寄り、海岸で漁師の網を借りて船を修理したという伝承が残っています。

この伝承に基づき、1001年(長保3年)、防府にも道真公を祀る防府天満宮が創建されました。

そして、1004年(寛弘元年)、一条天皇の勅命により、防府天満宮で勅使降祭が斎行。

これは、道真公の無実を正式に認め、その御神霊を慰めるための儀式でした。

この勅使降祭が御神幸祭の起源となり、以来1000年以上もの間、毎年開催されているのです。

江戸時代から続く「裸坊」の伝統

当初、御神幸祭の奉仕は、大行司・小行司や限られた家柄の者にのみ許されていました。

しかし、江戸時代後期になると、天神信仰の高まりとともに、一般庶民も祭りに参加したいと願うようになります。

そこで、身を清めることで参加を許されるようになり、人々は佐波川の冷水で身を清め、白装束をまとい、裸足で祭りに参加するようになりました。

これが「裸坊」と呼ばれる所以であり、御神幸祭は「裸坊祭」の愛称で親しまれるようになったのです。

迫力満点!見どころ盛りだくさんの御神幸祭

白装束の男たちが駆け抜ける!勇壮な裸坊行列

祭りの最大の見どころは、何と言っても白装束の男たち「裸坊」による行列です。

「兄弟わっしょい!」の掛け声を合図に、約5,000人の裸坊たちが御網代輿を担ぎ、市内を駆け抜けます。

その迫力と熱気は、見る人を圧倒すること間違いなし。

沿道からは、熱い声援が飛び交い、祭りは最高潮に達します。

道真公ゆかりの御網代と御神輿

道真公が太宰府へ左遷される際に使用した船を模した御網代も、祭りの重要な要素の一つ。

御網代輿とともに、道真公とご祭神の神輿も市内を巡行します。

御網代輿、神輿ともに、担ぎ手の男たちの熱気で揺れ動く姿は、見る者を惹きつけます。

勝間の浦での厳かな御旅所祭

裸坊行列の到着地である勝間の浦では、御旅所祭と呼ばれる神事が厳かに執り行われます。

神事の後には、様々なイベントが開催され、祭りを一層盛り上げます。

防府天満宮御神幸祭 基本情報

項目内容
開催日毎年11月第4土曜日
時間18:00~21:00頃
場所防府天満宮および市内
アクセスJR防府駅から徒歩約15分
その他当日は大変混雑しますので、時間に余裕を持ってお越しください。防府天満宮周辺には駐車場が少ないため、公共交通機関のご利用をおすすめします。

よくある質問

Q. 裸坊祭に参加するにはどうすればいいですか?

A. 裸坊として参加するには、事前に防府天満宮へ申し込みが必要です。参加資格は、15歳以上の男性で、当日健康状態が良好であることなどです。

Q. 見学する際の注意点はありますか?

A. 当日は大変混雑しますので、時間に余裕を持ってお越しください。また、夜間は冷え込みますので、防寒対策をしっかりとしておきましょう。

Q. 写真撮影はできますか?

A. 写真撮影は可能ですが、フラッシュ撮影や三脚の使用は禁止されています。また、他の人の迷惑にならないよう、ご配慮ください。

防府天満宮御神幸祭は、1000年以上もの歴史を誇る伝統行事。

勇壮な裸坊たちの姿、そして熱気あふれる祭りの雰囲気を、ぜひ体感してみてください。